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2008.08.21(Thu)
同じ話なのに、別のときに聞くと、ちがって聞こえる ‥‥そういうことがよくあります。 『吉本隆明五十度の講演』については、 前にも聞いたと思っていながら、また聞き直すと、 「もっとおもしろかったんだ」と、気づきます。 ぼくが、いま現在考えているようなことを、 20年以上も前に「当然来るであろう状況」として、 なんでもなさそうに語っていることがよくあります。 たとえば、「究極」ということばは、 マンガの『美味しんぼ』のなかで使われて、 それ以来、一般の生活のなかで使われるほどの ふつうのことばになっていますが、 実際に、さまざまな進歩や競争が、 「もう究極のところにきているのではないか?」 という話を、吉本さんはしています。 これが、前に聞いたときより、びびっと響いたんです。 こりゃ、もっとすごいこと言ってたんだと、ね。 ・おそらく、当時の一般的なビジネス書の次元では、 「究極というにはまだまだの進歩」くらいの感覚で 見ていたのだと思います。 いや、いまでも、そう考えている人は多いでしょう。 いまある進歩や競争を「究極」と言ってしまうと、 それ以上の未来がないということになるので、 認めたくないのだと思われます。 でも、仕上げの微調整みたいな進歩はあるにしても、 段階としてはほとんどのものが 「究極」まで来ているというのが、 正直なところ、いまのぼくらの実感でしょう。 このことを認めてしまうと、 競争や進歩の「究極(行き着くところ)」の先を、 どう考えるか、どう生きるかということを、 本気で見つめなくてはいけなくなります。 「新しさ」やら「より優れている」の堂々めぐりから、 いったん降りたらどうなるのか、これが問題になります。 いまやってるオリンピックの進歩の記録だって、 もう究極のところに来てますよね。 だからこそ、ボルト選手のことが希望に見えるわけでね。 いまは「究極」の先にいるんだということを、 ちゃんと考えたら、未来がないという「恐怖」よりも、 もっと別のなにかが見えてくるような気がするんです。 ま、探さなきゃ見えてこないんですけどねー。 このへんのことについては、いつも思っていることと、 もっとうまく練り合わせて、考え続けてみたいです。 「ほぼ日手帳2009」のことが、また発表されています。 今日も訪ねてくれて、ありがとうございます。
2008.04.02(Wed)
「感想メールをください」ということを、 ぼくはよく書いています。 先日も、『思い出したら、思い出になった。』 という本の感想をくださいと強請(ねだ)りました。 送ってくださった方、ほんとにありがとうございました。 今日も、昨日も、毎日のように さまざまな感想メールをいただいています。 いまの時期に、目立っているのが ごちそうとしての焼き海苔『海大臣』を 食べてみた方々からの感想です。 焼き海苔の味や香り歯触りなんて、とても微妙なもので、 そう簡単に比べられないと、思う方も多いでしょう。 ぼくも、そういう気持ちはちょっとありました。 専門家の折り紙付きだったとはいえ、 食の世界を決定づけるのは、やはり主観です。 食べる人の好みに合わなかったら、 やっぱり厳しい評価をされてしまいます。 そういう意味で、自信もあるけど心配もしてます、 というような心境でいたのです。 で、いま次々にいただいている感想メールを読んで、 「ほぼ日」の存在をよく知らないご両親だとか、 友人たちだとか、小さい子どもたちだとかにも、 『海大臣』が高く評価されていることを知りました。 もちろん、これからもみんながみんな高評価 ということにはならないかもしれませんが、 この先にできることが、見えてきます。 例えば、コラボレーションしてくれた 海苔の「目利き」である林屋海苔店さんは、 「いい海苔は、きちんと評価してくれるお客さんに 出合えればわかってもられる」と確信できます。 そしてそのことは、海苔を生産している人たちにも、 うれしいニュースとして伝達されます。 ここでまた、「自分たちがいい海苔をつくることを、 待っていてくれるお客さんがいる」ということが、 わかってもらえる機会ができます。 「1円でも安く、大量に同じ品質で揃えられる」 ということが、いまの社会で求められる商品でしたが、 これからは、「価値に合わせて価格が決まる」とか、 「数がそろわなくても、仕事になる」という 非常識とも思われることが、成り立つかもしれません。 消費する側の気持ちや理解によって、 「やりがいのある生産」ができるということです。 夢のような話ではなく、こういう時代が来ていることを、 ぼくらは、毎日届けられる感想メールなどで、 知ることができるのです。 長い話になりそうなので、ここらへんでやめます。 つまり、感想メール、これからもよろしくお願いします! ・四月馬鹿、ふだんから嘘ばっかり言ってるので、 特に何かやろうとは思いませんでした。 今日だけホントしか言わない日にしたいくらいです。 新しい年度ですね、今日も来てくれてありがとう。
2008.02.08(Fri)
「チャレンジ」とか言いだしたら、 仕事の回転数がいい音たてて上がりだしました。 エンジンがあったまってきた、というような感じ。 「おれはしばらくの間、 必要以上にチャレンジって言うけど、 いや、チャレンジって言うから、無視してくれ」 と発言してしまいました。 「無視しちゃ、ダメじゃないっすか」 あ、そっか。無視はしちゃダメだぞ。 まだ、「チャレンジ」に慣れないおれたちだぞ。 ・のんびりやっていた仕事を、 しっかり仕上げていく「チャレンジ」が、 そこここでうまく行きだしています。 『小さいことばを歌う場所』の続編とも言える本が、 どんどん出来上がりつつあります。 「来年も、こういう本が 出せたらいいなと思ってます」という静かな約束が、 どうやら守れそうです。 題名も『小さいことばを歌う場所2』なんかじゃなく、 『思い出したら、思い出になった。』というものです。 また書店に並ばない本ですが、すいません。 ・追加販売を熱望されながら、 「うーむ、無理なんですう」とお答えしてきたものが、 実はいくつもあったのですが、 無理なりに「チャレンジ」できないか会議が、 いまも行われております。 ほんとに無理なことは無理なのですが、 かなり無理だったことに、いくつか道が開けてきました。 ぼくが、お尻を押してやる意味で、 行けそうなものをリークしてやるますのだ。 (数量については無理はきかなそうですが) あの『Sentimental Territory』関連のさまざまなもの、 首につける銀のあれとか、ネックに巻くあれだとか、 モンゴル方面のあれのあれだとか、実現しそう。 新潟の方向から、編む関係のものも、 ちょびっとかもしれないけどイケそう。 いやぁ、ほんとに無理なことはしませんが、 「チャレンジ」って、できるものなんですねぇ。 なんか、あちこちに活気がありますわ。 今日も書いたけど、今日も読んでくれて、ありがとうです。
2008.01.29(Tue)
いい日曜日になった。 ただジャムをつくったというだけの理由で、です。 「ほぼ日」のなかで、 『きのう何食べた?』というマンガが話題になっていて、 ぼくも、読んでみたわけです。 ちっちゃな気持ちの部分が、とても丹念に描いてあって、 まず第1巻はおもしろかったんです。 マンガって、ぼく独自の「秘密の法則」によればですね、 第4巻までおもしろいものって、けっこうあるんです。 5巻になっても6巻になってもおもしろいってのは、 実はあんまりないんですよねぇ。 『きのう何食べた?』は、料理をつくるのが 重要なモチーフになっているんです。 その料理のひとつに、ジャムづくりがあったわけ。 それが、特売のいちごを使うという描き方だったので、 冷蔵庫にいちごがあったのに、 わざわざ特売の小さい粒のを買いに行ったのでした。 つくり方は‥‥ほら、技術のないぼくのことだから、 むつかしかったらつくるわけないんですよね。 砂糖をまぶして、じっくり待って、煮て、おしまい。 これだけのことなんだけれど、なんとなく、 「世間のお役に立ってるんだ、おれ」 みたいな実感があって、気分がいいんだよねー。 ・「シルク・ドゥ・ソレイユ」で、 何度も耳にしたことばが「クレイジー」でした。 そういえば、アップルの一時のキャンペーンテーマも、 このことばだったなぁと思いだします。 岡本太郎の「誤解の満艦飾になれ」も、同じことですね。 「誰が見ても正しく見える」ものよりも、 「へんてこだけど、なにかを感じさせる」もののほうに、 人間の関心は向かうんだということは、 昔から、わかっていることなんですけどねぇ‥‥。 「クレイジーをやりきれる」ための、 日々の精進が要るんですよね。 心に刻んでおかなきゃなぁ。
2007.12.25(Tue)
録画してあった『M-1グランプリ2007』を観ました。 約3時間、退屈することなく見られるというだけで、 これはもう大成功の企画ですよね。 おもしろかったですよ、今年も。 いや、今年はまた、あらためておもしろかったですね。 野試合を生き抜いて、返り血で汚れながら参戦した というような立場のコンビが、あれよあれよの優勝。 実際、会場から会場へは、 オートバイの後に乗っての移動だったわけで、 息を整えつつ自分たちの出番を待ったんでしょう。 そのあたりの真剣なドキュメンタリーが、 本題の「お笑い」を楽しむという他の、 「もうひとつのエンターテインメント」だったんですね。 もうね、出場者はもちろんのこと、 司会者から審査員まで、みんながひっきりなしに 「緊張します」と言い続けていました。 硬直した人間を笑ったり、正しさやまじめさに対して ちょっかいをだしたりするのが「道化」の仕事なのに、 みんなして「真剣」やら「緊張」を表現しているのが、 思えばおかしなことでした。 ある意味、「笑いのコロッセアム(闘技場)」では、 「笑い」よりも「技能」とか「意思」とかのほうが、 力を持ってしまうんでしょうね。 でも、結果は「どれだけ笑わせたか」で決まる。 この矛盾が、なんともおもしろかったなぁ。 ・クリスマスイブというと、ホテルだとか、 高級レストランだとか、ヨーロッパのブランドだとか、 そういうものが話題になっている時代があったけど、 いつごろ、終わったんだろう? そういうの。 自分なりの、自分たちなりの「この夜」を、 他の人たちとあんまり比べないで、過ごす‥‥。 こんなことが、できるようになったんだよなぁ。 日本人は、とても豊かになったのかもしれません。 やさしいタオルの受注締め切りは、明日です。忘れないで。 | |